シルバーシート       借り
メモ 呟き
赤ちょうちん    大道芸人
隣のベッドの老人 悔しいけれど
柿の木    いつまでたっても
石段 恥ずかしい
友よ 各駅停車
E・T 秋の桜
初老夫婦の居間 地下街
休日 訪れた街
願い

   

 
「シルバーシート」

家内の通院に付き添っていく
いつものことながら3時間待ち
その間 私はロビーで熟睡
しかし家内は眠っていない
診察が終わったとき ぐったり
していた

帰りの電車の中は満員
シルバーシートのところに行くも
そこには若い女性が二人 
元気いっぱいにおしゃべり中
そこがシルバーシートだというのを
気が付いていないみたい

仕方がないので家内は立っているが
辛そうで今にもしゃがみ込みそう
次の駅で降りるとしよう

ふと、その一人の目と私の目が合った
次に家内の顔を見た
そしてハッとしたように後ろの窓枠を見た 
そこには「シルバーシート」

はじけたように二人は立ち上がった
家内は助かったように座った
やさしい心を持った若い女性が
まだ居たことが嬉しかった





  
「メ モ」  (神戸新聞文芸欄入選)

朝 会社へ出かける間際にせがれが眠そうに
目をこすりながら居間に入ってくる
「今日 東京へ戻るのか?」
「うん」

5日前に久しぶりに帰省してきた
自分の洗濯ものを大きなバッグいっぱいに詰めて
よせばいいのに家内はそれをみんな洗濯して
きれいに折りたたんでバッグに詰めている

「やっぱり親というものは・・・」
おうおうやっとわかったか
「こんなに便利なもんやとは思わなんだ」

夜になって帰宅してみると ソファのうえに
大きな箱とメモが置いている
父親には厚手のカーデイガン
母親にはショール
祖母には毛布

メモには「初めてボーナスらしいものを貰った みんなくたばったらあかんで」
 


 

 「赤ちょうちん」  

入院してから2カ月
点滴だけの絶飲食
なんでもいいから食べたい
なんでもいいから

毎日夜になると
窓の外でたこ焼き屋が店開き
赤いちょうちんが無情にもポッとつく
ひとの気も知らないで

とうとうたまりかねて家内に
「行って火をつけてこい」
「もうちょっと辛抱したら食べられるから」
「覚えてろ 今に店ごと食ってやるから」

退院の前夜 とうとう思いを遂げた
あつあつのたこ焼きを口にしながら
何だかこのために生き延びたような気がした
赤ちょうちんよ 世話になったな

    



 「隣のベッドの老人」神戸新聞文芸欄佳作)

半年もの間入院していた老人
翌日の退院を控えて嬉しそうだった
よかったね よかったね おじいさん
明日からお孫さんと一緒に遊べるね
同室のみんなが心から祝福した

翌日の未明 突然容態が急変
集中治療室に入ったまま帰ってこない
何も言わずにこの世を去ったという
そんな そんな馬鹿な
運命とは言えあまりにも残酷な

連絡がつかなったのか朝になって
何も知らない家族が迎えにきた
一瞬 静寂が病室をつつむ
誰も押し黙って何も言えない
重苦しい空気がすごく長く感じられる

たまりかねて 私は心の中で叫んだ
「おじいさん どうしてもう少し待てなかったの」

     



 「柿の木」  (神戸新聞文芸欄佳作)

夏のある日 青田のそばの柿の木に登っていた
そこへ敵の艦載機が超低空で飛んできて
私から百メートル程のところを横切って行った
パイロットはこちらを見ていた 
なんだかのんびりしていた

しかし その機は大きく旋回したあと
いきなりこちらにまっすぐに向かってきた
少し不安になった私は 木を降りかけた
途端に 大音響とともに真っ赤な火の筋が
私に向かって糸を引き 周りの枝がふっ飛んだ
50年前のことである

今年の春 久しぶりにその柿の木を訪ねた
木の枝は元通りになって青々としていたが
私を見るなり嘆いた

「あのとき 丸坊主にされたが この姿に戻るのに
あれから30年はかかったよ 
それにしても君達人間はひどいことをするなあ 
子供とわかっていながら 撃ったんだからな 
たとえ戦争とはいえ 人間は哀れなくらい弱すぎる
普段は教育だの 愛だの 哲学だの 信仰だの 
これらはいったい何なの?」

     


 「石 段」 (神戸新聞文芸欄入選)

ある日曜日 紫陽花で有名なお寺に行った
寺院というのはどうしてこんなに石段が
多いのだろう
よいしょ よいしょ ふう ふう 
「おまえ 大丈夫か?」
「おとうちゃんこそ もうあかんのとちが う?」
「ちょっと 休もうか」

下りがまた大変 

膝が悪い家内は私の手をつかもうとする
いい歳をしてなんだか恥ずかしい
ふと前を見ると 若いふたりが楽しそうに
手をとり合って歩いている
向こうは愛で こちらは義理で
まあ仕方ないか

    


 「友 よ」

古い友人が大きな手術をして

食道をとってしまったという
しばらく会わなかった間に
大きな病と闘っていたのか

若い頃、社内でいちばん色が黒かった君と俺
お互い「俺のほうが白い」と言い争っていた 
そうそう あのときは先に言ったほうが
勝ちにしていたなあ

心身ともに強靭だった君のこと
こんなことではくたばるまい
立ち上がってこい そう ゆっくりと
あせるなよ そう ゆっくりでいい

俺も10年前に腹を切った
お互いもう全力疾走はやめよう
君を必要としている多くの人がいる
奥さんと娘さんの待つ家に
君が元気に還ってきたとき
俺は心から祝福の言葉を贈るよ 
「君なんか 閻魔様からビザがおりなかったのさ」と
 
     


 「E・T」 (神戸新聞文芸欄入選)

その愛くるしさから まる子と呼ばれている女の子
「まる子 この伝票入力しといてか」
「ハイ」

途端に機関銃を打つようなキーの音

「まる子 もうちょっとゆっくり打ったらどうや」
「だって ゆっくり打ったら間違うもん」
「おぬしはE・Tか」
「おぬしって何?」
まさにE・T

     


 「初老夫婦の居間」 (神戸新聞文芸欄佳作)

食後のひととき テレビは歌謡番組
「石川はるみはやっぱりうまいなあ」
「坂本冬美もいいわね」
「この若い新人誰かな?」
「さあー」
「北島三郎もええで」
「・・・」
「こぶしをきかすとこ なんともいえんで」
「・・・」
「なんや 舟こいでるんかいな」

今度はこちらもあやしくなってきた
上の瞼と下の瞼が仲よくしようと逢いたがっている
意識がもうろうとして テレビの画面が消えていく・・・

「おとうちゃん 五木ひろしよ」
知るかいな もう

   


 「休日」 (神戸新聞文芸欄入選)

余った有休を消化しようとの運動で 

明日から5連休 さあ何をしようか どこへ 行こうか

初日 家内はカゼ 私は三度の食事作り
二日目 カミさんまったく元気がない
三日目 まだ熱あり 今日も家政夫か
四日目 まだ寝たまんま さあ掃除洗濯だあ
五日目 もう起きれる? 駄目? こうな
りゃ とことんやりまっせえ

今日から出社 

奥方「もうすっきりしたわ」
いい休日をありがとよ もう

    


 「願い」 (神戸新聞文芸欄入選)

東京で勤務する次男から電話がかかってきた
「車を買うのでローンの保証人になってよ」
「アホ抜かせ お前なんかもう勘当だ」
「えっ 本当? そりゃ助かった」
「なんやて」
「これで親の面倒見なくていい」
「ちょ ちょっと待て」

3日目 やむなく判を押す
あの馬鹿 事故を起こさなきゃあいいが

    



 「借 り」

誰かが呼んでいる すごく眠い
「松村さーん」
そうか 麻酔から醒めたのか
手術は無事終わったのだろうか
「松村さーん 奥さんが来てますよー」
カミさんか もういっぺん眠ろう
10年前のことである

誰かが呼んでいる 眠い
「おとうちゃん もう8時よ」
へえへえ 起きまんがな起きまんがな
今朝のことである

それにしても あのとき家内はどんな思い をしたろうか
えらい借りをつくってしもうた

    


 「呟き」

ある地方の路線バス 
乗客は私達夫婦二人だけ
沿線は一面の水田風景
20才代の運転手さん
都会に出て仕事をしたかったと言う
「思いきって行ってみたら?」
「でも 親は捨てられないもの」
「・・・」

憧れと思いやりの狭間で揺れたのち
きっぱりと決めた青年の心
去りゆくバスを見送りながら
ここで頑張れよと 思わず呟く

   



 「大道芸人」 (神戸新聞文芸欄佳作)

子供の頃の話 公園の真ん中で 一人の大道芸人が
上半身はだかでショーの準備をしている

私がそばに居るのをチラと見た男は
しばらくして口を開いた
「なあ坊や 俺はな こんな格好しとるけど
女房にはきれいな着物を着せて
せがれには旨いもの食べさせとるんやで
男というのはそういうものなんや」
自分自身に言うように つぶやくように

あの男の言ったことは 不思議に覚えている
「おとうちゃん その割には・・・」

      
 

 「悔しいけど」 (神戸新聞文芸欄入選)

若さってすごい
隣の席のまる子は500件以上もの
取引先番号をすべて憶えている
この子の頭の中はどうなっているのだろう
私が憶えているのはわずか20件ほど
「おとうさん 真空管切れてるのとちがう?」
「シンクウカン?」

      


 「いつまでたっても」 (神戸新聞文芸欄入選)

母を病院へ連れていく
車椅子に乗せてあちこちと
それにしてもこの病院の建物のややこしいこと

「おまえ どこへ行きよるんや こっちや」
「はいはい」
「そこを右」
「わかってるって」
「しっかり押せ」
「もう・・・」

頼むからもっと小さい声で・・・
俺もう還暦だぜ

     



 「恥ずかしい」

朝 バス停に向かう
横断歩道 信号は赤
隣には幼稚園に向かう母子連れ
バスが来た
青になるまで待てない
思わず走った
途端に後ろから女の子の声
「あのおっちゃん 赤やのに渡っている」
「シ−ッ」
参った もう二度とするまい

     



 「各駅停車」
   
ある日曜日 芦屋から電車で大阪へ向かう
私は混んだ快速電車より
すいた各駅停車のほうが好きだ
そこにはゆったりとしたくつろぎがある
のんびりとした時の経過がある
やがて眠気がくる

こうなれば気分はもう最高
目が覚めるとなぜか東寺の五重塔が見える
こんな話をまる子にすると
「おとうさん この次は駕篭で行けば」
「カゴ?」

    


 「秋の桜」
   
十一月もなかば 公園のもみじが美しい
太陽の光を透して目に入る葉の色は
燃えるようにも 燃え尽きて消え入るようにも見える
その隣には 桜の木の葉が負けまいと
一生懸命に紅葉している
しかし 小枝の先には次の春に備えてすでに
つぼみがしっかりとついている
そのつぼみにすべてのエネルギーを注いだか
のように 葉は自分の役割を果たしたのか
弱々しく わずかの風で枝から離れて落ちてくる また落ちてくる  
その葉を踏むまいと 私はジグザグ行進

     


 「地下街」

梅田の地下街 そこは人の流れの交差点
そこには信号もなければ規則もない
しかし衝突もなければ諍いもない
たまに肩が触れ合っても
「あ、ごめんなさい」
「すみません」
素晴らしい潤滑油

地上の交差点では鉄の箱に入った人達が
硬い表情で前方を見つめている
車が触れ合ったときは大喧嘩
車に乗らないときはみんなやさしいのに
車が人の心を変えてしまうのか
外が寒いのは人の心がとげとげしいからから
地下街が暖かいのは人の心がやさしいから
みんな車から出ればいいのに
          
     



 「訪れた町」

きのう 竜野の町を歩いてきました
赤とんぼ 醤油 そうめん 川 静けさ
ところどころ 昔ながらの懐かしい家並み
ここは 日本の町
新築中の茅葺き屋根の家を
唖然と眺める私とカミさん
このゆかしさがこの町のたたずまいを守っているのでしょうか

はじめて訪れた町なのに なぜか子供の頃
引越の日に 三輪車に乗って小川に落っこち
父親に「この忙しいときに」と 
ボヤかれたことを ふと思い出したりして
記憶ってこんなものでしょうか

帰りの駅で ふと見上げた空には
この町によく似合う夕焼け雲が
緋毛氈のようにひろがっていました

      

 
 「春」

遅れていた春がようやくやってきた
しかも大急ぎで 駆け足のように
この分なら当分出番はないと
戸締まりしていた桜のつぼみが
慌てて起き出してきた

五日後 すっかり満開になった
世の中が急に明るくなったみたい
いつか誰かが言っていた
「生きているだけでも嬉しいのです」
そんな気持ちになった

丁度10年前 長期の入院から
退院した日に見た満開の桜に向かって
私もそう語りかけたことがあった